ビンラディン氏のジハートと“絶対の敵”(改訂)

5月26日「ビンラディン氏のジハートと“絶対の敵”」を改訂http://d.hatena.ne.jp/goalhunter/20110526/1306414736

 ビンラディン氏は、1979年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻の際、アフガン側にゲリラとして参加し、旧ソ連を退却に追い込んだ立役者のひとりである。
 このときの戦いは、侵攻に抵抗する土着の住民を支援するイスラム教徒としての聖戦(ジハート)であった。目の前にいる旧ソ連軍が“現実の敵”であった。

 郷土への侵略に対する抵抗軍としての“ゲリラ活動”が、いかにして“国際テロ”として2001年9月11日のアメリカへの同時テロに至ったのか?その内在的な理由は何か。それは未だに解かれていないように思われる。

 池内恵・東大准教授はインタビューに答え、ビンラディン氏をデッサンする。
 『ビンラディンは“タレント政治家”だった』(日経BPオンライン 2011/5/12)
 「…政治指導者として支持されていたとも、宗教指導者として尊敬されていたとも言えない。日本でいうタレント政治家のような枠に入る。…」
 「…一貫してサウジ王制を批判…アラビア半島のローカルな排外意識が、彼の反米思想の核心…異教徒に守られることでイスラム教徒の名誉が傷つくという、プライドの問題に焦点を当てた。」
 「…この感情に訴える批判の分かりやすさが、思想に基づき体系的に欧米の支配を批判した従来のイスラム指導者と、決定的に異なるところで、その大衆受けするカッコ良さが、若者の心をつかんだ。…」

 いわゆるタレント候補にとって、ビンラディン氏と同じ枠に入れられるのは、迷惑このうえないことであろう。芸能活動等で活躍し、政治へと転身したタレント候補と、ゲリラ戦を戦い、戦闘勢力を拡大しようと企画したビンラディン氏の活動とは比較しようもないはずだ。
 「感情に訴える批判の分かりやすさ」は、特にタレント候補のオハコではあるまい。その辺りふつうの政治家も似たようなところはある。
 更に、「ローカルな排外意識が、彼の反米思想の核心」であれば、アフガンでのゲリラのように、アメリカを“現実の敵”としてサウジという土地から追い出せば良いので、“国際テロ”までは行きつかない。タレント候補論ではビンラディン氏の核心は理解できないのではないだろうか。

 そこで問題はジハートとビンラディン氏の行動との関連になる。
 先に述べたように、彼はサウジを越えてアフガンに赴き、その地のイスラム教徒と共に、ジハートとして旧ソ連軍と戦った。アルカイダを結成したのは、1989年2月の旧ソ連軍の敗退の少し前らしい。このころからビンラディン氏は反米活動に転じている。1991年の「湾岸戦争」では、サウジに駐留するアメリカ軍に「不信心者の軍はムハンマドの地を去れ」と言った。しかし、これは「反ソ」が「反米」へ転換したという問題ではない。

 “現実の敵”は排除できれば、それで終わる。しかし、ジハートはイスラム教にとって、教義の戦いである。郷土を守るだけでは、防御的であり、常に異教徒の攻撃に晒される危険をもつ。ジハートを突き詰めていけば、必然的に異教徒の教義を滅ぼす方向へ向かう。

 それは、その異教徒をすべて滅ぼすか、回心させることに他ならず、それは終わりなき戦いである。回心させるにしてもあらゆる手段を使うことが許される。無差別テロにより異教徒に恐怖を与えることも当然、その一つである。無関係の一般市民であっても、異教徒である以上は、殺すに値するになる。

 アメリカこそは、アラブ地域のなかでイスラエルを擁護し、また、世界政治を動かすキリスト教世界での最大の敵である。アメリカを“絶対の敵”の対象とすることによって、外からの侵略に対抗するジハートから、異教徒に対抗するジハートへと、ジハートそのものが質的に変貌した。いや、ビンラディン氏にとって、これこそが真のジハートだと感じたのであろう。

 しかし、アメリカ軍はサウジの味方として、サウジに駐留した。日米安保条約下でのアメリカと日本との関係に似ている。そこで、ビンラディン氏とアルカイダは、さしずめ、反ベーテイ(米帝)を掲げ、大学紛争も含めてゲバルト闘争を行ってきた「新左翼の指導者」に相当するであろう。その帰結は、赤軍派による幾多のテロ事件に示されていることは周知である。

 赤軍派の行動が、一般市民を戦慄させたのは、その無差別的攻撃性である。殺傷しても余りある、宗教の敵、人民の敵…などの“絶対の敵”との規定がない限り、自己の中で、その残虐性を正当化できるものではない。

 しかし、4機の飛行機をハイジャックし、うち2機がニューヨークの世界貿易センタービルに突入、約3千人を死に至らしめた2001/9/11の同時テロのすさまじさは、赤軍派のアナロジーをはるかに超えることも確かである。

 かくて、 “絶対の敵”の象徴的な心臓部を攻撃することによって、ビンラディン氏個人がアメリカの“正義の戦争”の対象になった。オバマ大統領の『正義はなされた』は、その間の経緯を「正確に、かつ、冷徹に」一言で表している。