歴史と資料〜事実の認識〜

教科書の掲載で問題となっている沖縄戦での集団自決問題。テレビでの報道をみていると、文科省は旧日本軍の命令について、はっきりとした資料がないとの理由を堅持して、旧日本軍の関与に表現を改めたとのことである。


振り返ってみると、高校での歴史は教科書と共に資料集があった。特にその資料集を真剣に読んではいなかった。しかし、目の前の出来事のように描かれた歴史は無味乾燥な資料からの再構成であるわけだ。


そうすると、資料から何を引き出してくるのか、そこがすべてであり、引き出されたものが事実となり、その事実が本当にあった唯一のこととして物語化される。であるならば、歴史とは争いがたい資料によってのみ構成された極々一部の事象でしかない。


過ぎ去ってしまった圧倒的に多くのことは、あったのか?なかったのか?はっきりしない曖昧とした話に過ぎず、忘れ去られていくのだ。