権利の上に眠る者 〜『日本の思想』丸山真男〜

放映が終わっているようだが、『時効警察』というテレビ番組を何度かみた。このとき、『日本の思想』(岩波新書)のなかで、丸山真男が時効を論じて、「権利の上に眠るもの」と言っているのを思い出した。それはまた、ふと思っただけで過ぎ去ってしまったのだが、


薬害C型肝炎集団訴訟重信房子判決(1,2)
http://d.hatena.ne.jp/goalhunter/20071223
http://d.hatena.ne.jp/goalhunter/20071222

において司法判断を以下のように考えたとき、改めて思い浮かんだ。

1)高裁和解案は判決と違って司法判断ではない。
2)但し、現状は地裁判決が司法判断である。
3)民事訴訟である以上、合意すれば司法判断は問題とならない。
4)判例が出た場合、それが最高の規範となる。
5)しかし、現状を上回る法を作ればそれが最高規範となる。


そう、そこでは司法に対して「請求する」行為の重大性を指摘していたのだ。権利の上に眠っている者は保護に値しないという趣旨も含まれている。権利を放棄すれば、司法は扱わないのである。これを行政が救済すると司法を越える。新たな立法ができれば行政はそれに従い、司法判断も当然その新法に照らし合わせることになる。


丸山真男が喝破した「する」ことによって、薬害C型肝炎被害者はその権利を主張し、新たな法律を制定させる処まで漕ぎ着けた。


これこそが“改革”そのものである。


何故なら現状の合法性を超える方法によって正統性を主張すればそれは革命である。当然、究極には暴力を伴う。


一方、現状の合法性を超える正統性を新たな法律によって打ち建てれば、それは合法的な方法による改革になるからだ。