再掲 サッカーにおける儒教とプロテスタント

サッカーは国柄を表現する。


プロテスタントのイギリス、ドイツは真面目なスタイルで望む。スポーツマンシップは彼らにフィットする。即ち、スポーツマンシップは万国共通のものではなくプロテスタントイデオロギーである。


スポーツマンシップを発揮しても規律、頑強な体力で負けない自信があるのだろう。確か、会田雄次が「アーロン収容所」(中公新書)の中で、「イギリスのエリートと庶民は見分けが付く。体力差が大きい」というようなことに触れていたと思う。
 一方、カソリックのイタリア、スペインはラテン的なスタイルである。特にイタリアは、先のドイツ大会決勝でジダンを退場に追い込んだマテラッツィの機転は、イタリア的ずるがしこさ(マリーシア)を示している。それでいて、頑強なディフェンス、バレージに代表される読みの深さも兼ね備えている。ジダンもまたずるがしこそうな顔つきでお世辞にも紳士とは言えない。


儒教的な日本は、まじめ一方であり、正直で凡そ機転とは正反対のポジションにいるようである。体力もなく、糞真面目で、しかし、汗をかかない(上川審判)のであれば、結果は目に見えている。オシム監督になってから走るようにしているらしいが、結局、他律的なのである。


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